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SlipSkidを観劇した、とりとめもない感想

SlipSkidを観劇した、とりとめもない感想

 

 全部ニュアンス。

 

 安定しない気温が続く3月初旬、私の推しが一人芝居をしました。座長で主演、舞台上の演者は彼ただひとりです。脚本も陣くんのために書き下ろされた、100%当て書きの作品です。これは本当に凄い事だと思います。ファンのひとりである私は、ワクワクして眠れなくなったり、勝手に心配したりしてこの日を迎えたのです。

 

 あらすじはHPに記載されている通りで、親友の事故をきっかけに主人公が過去の記憶を辿って行く、というものでした。録音された、賢以外の登場人物もすべて陣くんの声の演技だということで、わたしはこの日はじめて、陣くんがこんなに声色を使い分けられることを知ったのです。またひとつ、陣くんのすごいところを知ることが出来ました。

 

 賢の外見は、私が勤めている会社にいるような、美大とか建築学部を出たての新卒、卒業間際のインターンみたいな雰囲気です。よくよく見ると陣くんなので脅威のスタイルをしているのですが、絶妙な衣装や寝癖のセットをされた髪型、あのメガネがそう見せています。また、賢を演じているときの絶妙なオドオド感、本当に存在しそうな陰キャ感も素晴らしいと思います。陣くんって陽キャの塊みたいな人なはずなのに、あれを表現している姿を見られたのは感動的でした。小沢さんの「こんな陣さんが見てみたかった」という言葉を心から信頼できると思いました。

 

 不器用な賢と「選ばれた一握りの人間」であるノボルとの記憶の断片を辿るストーリーは、時折挟まるクスッと笑えるようなシーンや軽快なセリフがもたらす心地よさもあってあっという間に、まるで賢の心の深い場所まで滑り落ちて行くかのように進んで行きます。ストーリーが進行する時に模型の電車がきっかけになるのは絵的にとっても好きな感じでした。銀河鉄道の夜が好きなので。あと、陣くんの電車に引き摺られるマイムが流石の上手さでした。

 

 当て書きの一人舞台は、一度に何度も様々な陣くんを感じることが出来て、ファンとしてみた時に、本当に本当に豪華だと思いました。

 物語の中心である「賢」と「ノボル(声)」は、まるで違う性格かのように描かれています。ですが賢とノボルは、陣くんの性格の特徴をふたつにわけて誇張させているような人物造形になっているように感じました。細かなところが気になってしまい生きにくそうなメンタリティの陣くんが「賢」で、ランペイジとして活躍する頼れるかっこいいリーダーの陣くんが「ノボル」です(ノボルの声色、すごくイケメンな雰囲気が出ていて素敵だったと思います)。

 陣くんだけではなく、大体の人間はひとりの人間の中に色々なキャラクター、矛盾する人間性を抱えています。様々な経験によって内包するキャラクターのどれかが強く出たり弱くなったりと、揺らぐのだと思います。選ばれなかった挫折、小さな罪悪感、失敗のトラウマ、さまざまな積み重ねによって揺らいで臆病になる。皆が皆、強くなんかないのです。だから小学生の頃、あるいはあの文化祭での失敗の前と後とで、賢とノボルの性格(立場)はまるで入れ替わったかのように変容して行きます。

 

 残酷なまでの才能の差や、人望の差。賢はどんどん自分を押し殺して、心の澱に蓋をして行きます。相変わらず賢のことを敬愛しているノボルが隣にいたのに。いたからこそ、なのでしょうが。

 

 才能の差、周囲と比べての挫折、うまくいかないことだらけで心を閉じ込めてしまうのは、学生時代だけのものではありません。私のような泡沫みたいな人間ですら、それは日々突きつけられています。様々なジャッジに震えながら薄氷をふむような日々を過ごす事もあります。選ばれなかった、特別ではない人間ですらこの有様です。ですがこういう心境に至ったとき、私は以前在籍していた会社の同僚を思い浮かべます。この人も選ばれてはいない人間ですが、40を超えているけど専攻を変えて日芸に入り直したりしていました。選ばれなくても、一等賞なんかじゃなくても、一握りになれなくてもいいから、どうにかやりたいことにしがみつくために、です。私も賢のように何もかもを諦めて蓋をする事が多くあったので(今でも普通にたくさんあるので)、その同僚の様子を思い出してはどうにか心を強くしているのです。なので物語の途中、賢に向かって「大丈夫だよ! 胸の踊るような楽しい夢がこれからもたくさんあるよ。思い描いていた夢の形じゃなくても!」と思っている自分がいました。

 

 賢の抱える様々なトラウマ、そしてノボルとの間にあった様々なエピソードを辿ってストーリーは進行します。最後に、いままで心の中を知り得なかったノボルの気持ちを察する事のできるシーンになります。ノボルと賢があの不思議な電車によって交錯し、「繋がった」シーンです。(少年期のノボルの声、幼くてかわいかったです。青年期のノボルのイケメン声とはあまりに違って、陣くんはやはり声優の才能もあるのでは?!などと思いました。)

 ノボルとのシーンは、ノボルが発表できなかった、まるで宝物みたいな言葉で綴られた作文が読み上げられました。その感動的な作文は、賢のなかにわだかまった澱を溶かして行ったのだと思います。だから賢は、眠るノボルの元に走った。自分の本心を言うために。自分の夢や挫折とおりあいをつけるために。

 

 作中、賢はノボルに向かって言います。思い切りよく叩かないとシンバルはちゃんと鳴らないのだと(ニュアンス)。

 物語のラスト、賢が眠るノボルに向かって、心の枷を外して叫んだあのシーンは、賢がいままで呑み込んできた、様々な言葉。こころの柔らかい部分を差し出すような、トラウマのようなあの合唱曲にかき消されそうになりながらも必死に叫んだあの、ノボルへの言葉。賢が素直に、力の限りに叫んだあのシーンには希望を感じました。日々を生きながら、賢がどうにか夢の欠片に触れながら生きて行く、別の戦い方を見つけたことができたように思えたからです。

 最後の最後、ノボルへの胸の内の告白とともに力強く打ちつけたシンバルは、劇場にひびきわたりました。だからわたしはきっと、あの音はノボルに届いたんだと思います。

 

 あの告白を聞いて目覚めたノボルは、賢に 向かって何と言うのでしょう。

 

 年始に小森くんの舞台で、小森くんが陣くんへ「嫉妬していた」という告白がありました。それを受けて陣くんは「知っていたよ」と優しく笑って言いました(ニュアンスです)。

 だからノボルもきっと、「知っていたよ、わかっていたよ」って笑って全部受け止めてくれるのではないかなと思いました。