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子午線の祀り2017感想(千穐楽分まで追記)

 

【7/17までの、全体的な感想】

世田谷パブリックシアターで上演中の「子午線の祀り」(2017/7/1、3、7、8、16、17)を観た、個人的な感想です。本日迄に6回観ました。残り2回(22、23(楽))を前に、これまでの感想を書いておきたいと思いました。

 

子午線の祀りは、日本語の美しさやキャストの美しい声に耽溺出来る舞台でした。舞台装置、音楽、照明の静謐な美しさは、壇ノ浦の合戦を描きながら宇宙規模ともいえる、スケールの大きな物語への没入をスムーズに誘います。

 

幕が上がる時には、まるで現実と虚構が混ざり合う瞬間に立ち会っているかのような印象を受けました。

開演時間の少し前、場内がざわめき、着席していない観客が何人もいる中、何の前触れもなく、若村さんが登場します。黒く光沢のある塗料で塗られて鏡面のようになった円形の地面に佇む、黒いワンピースを着た若村さん(語部、或は祀りを進行する巫女)を中心に、劇場スタッフと同じ黒い洋服に身を包んだキャストが、舞台袖から、客席通路を通って、次々と舞台上に集まります。黒服のキャストは、親子連れであったり、カップルであったりするかのような、我々と何ら変わりない様子で、私達の横を通り過ぎて舞台へと上がって行きます。やがて照明が落ちて濡れたような黒があたり一面を覆い尽くし、仄かに揺れる蝋燭の灯と、舞台上のキャストの肌が青白く残る中、野村萬斎(知盛)のナレーションがおごそかに始まり、子午線を表現した一筋の細い光が伸びてきます。光はやがて広がり、鏡面のようになった円の中心に月が浮かび上がります。(今井朋彦さんが、長髪オールバックでゆったりと身体を階段に預けて座っている様子がとても素敵でした。暗い中の今井さん、肌が白い、腕が細い、顔が細い。柔らかい。ローソクの灯りにぐっと身を寄せたり、空をぎゅっと見上げたりの動きが細かいのも素敵でした。ありがとうございます)

これらはパンフレットやポストトーク等で野村萬斎さんが語っていた、「現代を生きる我々(キャスト。観客)」が「過去の壇ノ浦までタイムスリップする」という導入 としてとてもスムーズだと思いました。現実と虚構が混ざり合うような、静かで厳かな様子は、今から始まる物語へと没入する装置となるような気がします。

物語は、波や時間の軸を表現した可動式の幕(ブレヒト幕)(台の淵が青く光る)(幕の上が上段の舞台となっている)を巧みに使用して進行して行きます。寄せては返す波のような幕は、つめたい宇宙に浮かぶちっぽけな人間達の魂が、波間に消えて行くような儚さすら感じさせてくれます。

萬斎さん曰く「グーグルマップにピンが刺さるような」演出によって知盛がポップアップします。冒頭の、息子が殺されるシーンは劇中劇としてより寓話的な様相。逃げ延びた知盛が舞台下(群衆の元)に降りて来て自問自答するシーン、群衆がセリフを言う人物の方向を向く、動く、っていう、その場の作り方に迫力があった。群読は「息で合わせた」というだけあってブレる事なく、まるで音楽のように迫力のある音が作られていました。(冒頭の群読で今井さんは中央だったから場所によってはお顔が見えなくて私は悲しかったです。特に真正面からベンチシートで観た回は本当に見えなくて涙を飲みました。でも袖を涙で濡らす仕草がとても好きでした。ありがとうございます)

知盛の後ろから、着物を着た若村さんが影身となって現れます。稼働幕(台)が海の階段へと繋がって、奥の方に海の青い波紋が広がります。星空のライトの手前でシースルー幕の下部がゆらゆらと揺れているのがとても綺麗でした。 また、この台の上にも半円が描かれています。台が移動して下の半円が隠れる時も、上から見下ろすと円が損なわれず、知盛の概念の世界が表現されていました。

影身との会話(「この一大事の問いかけを」っていう表現すごく素敵。あと、萬斎さんの「おまえは立っていたなぁ」の「なぁ」の発音が好き。あと「愚かなやつ」っていう台詞もすごくセクシーだなと思いました)からの民部登場時の「民部でございます」という萬斎さんのモノマネが何度観ても面白い。あのシリアスなシーンにあのモノマネはずるい。笑ってしまいます。好きです。知盛に邪魔扱いされた四国の有力豪族の民部は、狡猾な部分があるかもしれないけれど、それでも無骨で愚直なイメージを受けます。三種の神器を都に返す事を阻止しようと説得する場面での、知盛に対する愛着を吐露する台詞は黒ばかりが多くを占める世界に色が付いたかのように、煌めいてみえました。

その後の、前半の平家で一番好きな、綺麗なシーン。知盛は、観念の世界である鏡面になった円の中で苦悩しています。影身への想いを抱き、巫女達と影身の踊りを思い出している美しい場面からやがて平家と源氏の争いに苦しめられる民の、地の底から這い上るような、不協和音の群読が始まります。赤いライトの中でのたうつ、白い衣装の知盛がとても美しいなと思いました。そして、死者となった、冷たい身体となった影身が登場します。血の気の失せた美貌と声は、まさにこの世のものではない、と感じました。

民部によって、影身の死を知らされてから評定へと向かう時にかかる音楽が、とても好き。壮大な滅亡へと向かう情緒と疾走感があって、綺麗で涙が出てきます。評定での、知盛が怒りと絶望に震えながら祐筆に「ひとつ!」と、書かせるシーンは凄く良い。知盛のシーンで一番好き。 絶望的な状況がブレヒト幕によって遠ざかり暗くなって行く様は、まるで波間に消えて行くような演出で、すごく嵌っているなという印象を受けました。(あと、能登の守の顔が好きです。能登のクールな感じかっこいいなと思いました)

平家のターンが終わると、いよいよ源氏側の登場です。暗い平家とは対照的に、昼のような照明が当たります。義経は、小柄できびきびとよく動き、高い声でまくしたてます。衣装に廻らされた彩度の高い赤の紐(縄?)が、象徴的だなと思いました。登場時の、弁慶を中心とした群読にはパワーがあり、圧倒されました。平家との対比がとてもわかりやすかったです。弁慶はすごく背が高くて声がとても低くてかっこよくて、義経との対格差、声の差が出ていました。才気ほとばしり過ぎるが故に、いたるところに敵を作ってしまう主をお守りする従者感がすごく良かったです。義経が危うげなところでフォローに入ろうとする弁慶がとても良かったです。母性を感じました。

そして景時です。髪の毛縛っていて髭が生えているビジュアルがすごく素敵ですね。紫の陣羽織と金の襟がおしゃれですし、襟に朱で扇の絵がついていたのも可愛かったです。今井さんのドスがきいていながらもどこか柔らかい、ヒステリックで嫌味があり神経質そうなのが伝わるけれど耳に心地よい、詩的な声もセリフも良かったです。逆櫓を説明して去り際の「わかったかぁ!」って言うの本当に心ときめき申し上げました。ありがとうございます。義経とは、鎌倉殿を取り合っているような雰囲気です。義経とソリが合わなさそうな感じがとてもわかりやすかったです。

御家人に取立てる件に関して、義経を諌める弁慶がとても良かったです。それに対して、血縁であり主である頼朝に認められたくて仕方が無い義経の、妄執めいた主張が悲しくて切なくて熱かったですね。知盛が追詰められているのと同じように、義経も追詰められている、すごくわかりました。あの状況下では、必ず勝たなければならないのですね。義経に同情的になった後、景時が「御曹司!おんぞうし!」と煽りながら苦言を言いまくり、義経の部下達を軽んじるシーンは、嫌な奴感がすごくてとても素敵でした。義経に去れと言われて憤然と歩く様がめちゃくちゃ可愛いなと思いました。スマートな人が憤然と歩くってとても可愛いと思いませんか?私は思います。この時義経の傍を通って退場するのですが、日によって「義経の横を早足で通りすぎる」「立ち止まって義経を思い切り睨みつける」「少し立ち止まってキッと睨みつける」などのバリエーションがあったのですが、これは日替わりなのでしょうか。全部観たいです。

三浦の介殿が現れてから、一気に話が動きます。三浦の介殿はコミカルな老将として登場しますが、義経勢と景時勢が小競り合いになりかけた時にすごくかっこよく諌めます。飄々とした感じがたまらなく好きでした。この小競り合いのシーン、最初の頃は景時の息子(景季)が景時を手で制してから前に出ていたのですが、最近のは手で制さずに息子がすっと景時の前に出るのですね。どちらにしても、景時の息子の、父親を守る感がとても立派で素敵だなと思いました。あと、この時の景時の衣装がとても好きです。エメラルドグリーンの太刀と短刀が本当にお洒落ですし、水色のフワフワした軍師風の袖もすごく都会的だし、何よりも陣羽織の上から腰に巻いた黒い帯がサッシュベルトみたいに見えました。流行感度がとても高いですね。大好きです。

そして義経が待ちに待った、五郎の登場です。ベンチシートで観た時思ったのですが、五郎の顔すごく好みです。透明感のある美形の方ですね。応援しています。五郎が出て来て大喜びの義経。ある種の無邪気さが垣間見えます。それにしても義経の「見せろ見せろぉ!」とか「武蔵坊武蔵坊!」(萬斎さんも真似してた)とかすごく可愛いですよね。私はそこに、義経の苛烈さの中にある無垢を感じるのです。

五郎が言った「よくぞこの日を〜」と戦の日取りを選んだ事を褒めた場面、義経も動揺していますが景時さんも動揺しているのがすごく可愛いなと思いました。でもこれ、最初の頃は驚いてなかったような気がするのですが、どうだったでしょう?先日観た時、すごく驚いていたので私も驚きました。そういえば義経達が退場する時に景時は息子達に目配せしていたのですが、先日観た時には目配せなしになっていましたね。細かい動きが色々と変化しているのだなぁ、と感じました。

うってかわって平家のシーンですが、こちらは本当に沈痛です。知盛が兄や侍達を鼓舞しながらも苦しんでいるのだなと感じられるシーンが多かったです。兄はこの期に及んで頼りないし、民部は味方なんだか裏切るんだかわからないし、本当の心をわかってくれるのは概念の中の影身だけだというのは、哀れを誘います。民部に言う「俺は勝つ!」というセリフが本当に空虚だなと思いました。でも、私はここで思ったのですよ。村田さんの民部は、本当に知盛の事を裏切るつもりなんてなかったんだなぁ、と。平家の勝ちは信じてなんかいなかったのだけれど、民部は知盛を裏切って源氏に付くつもりはなかったのではないかなぁ、って。でも知盛には信じてもらえていなかったのは悲しいですね。

沈痛な平家のシーンが終わると、いよいよ壇ノ浦の合戦がはじまります。降りた幕が上がると、奥の階段まで使用した、奥行きのあるステージが登場します。ステージ上いっぱいに並んだ役者達と、彼等から発せられる原文での群読はとても壮観です。まさに天下分け目の合戦として、十分なスペクタクルが眼前に広がります。

ここからの展開はとてもアップテンポです。シーンは目まぐるしく変化します。

ここでの景時は舳先に片足をかけながらかっこいいポーズをとっていてくれているのでじっと見詰める事が出来ました。そこからの下種侍っぷりったらなかったです。本当に最低だなと思いました。とても素敵です。義経の命令を無視して先駆けの功名手柄を狙わねば気が済まぬのが最高でした。スケール感が小さい。自らの名前を宣言し、熊手を打ちかけ打ち掛けの時の横顔の角度が、本当にとてもとても美しいなと思いました。ありがとうございました。「その日の功名の一の筆にぞつきにける」の時に手首を反る仕草が好きです。ありがとうございました。

合戦中の、弁慶が数珠さらさらと〜のところの数珠がさらさら鳴っているシーン、別に笑う所ではないのですがなんだユーモラスに見えてしまいました。海の戦の法に背いて、水主梶取を殺してしまうところ、私としては「そうだね、まあ仕方ないよね、戦争だものな」と、弁慶と同じ気持ちになりました。義経は苛烈な男ですね。この苛烈さが、彼を天才たらしめて身を滅ぼさせた部分なのだなと思いました。ああするしか無かったから、義経は愛おしくて仕方ないのです。

ここからは、更に滅亡の色が濃くなって行きます。黄昏の照明の中で滅んで行く平家が、スピーディに、ダイナミックに描かれて行きます。

宗盛の「いるかだ」シーン、最初いるかだって言っているのがわからなくて何かの呪文かと思いました。美しくもドラマチックで、悲しいシーンだなと感じます。水主達がバタバタと倒れて行く動きが好きです。階段の上から転がって大丈夫!?心配!みたいな気持ちにもなります。くったりとしている彼女達を乗せた階段があんなにぶんぶん振り回されて落ちない?!大丈夫?!って毎回思います。どうか最後まで怪我などありませんように!

そして民部。小賢しく愚かな男。でも、でも、彼はきっと知盛と運命を共にするつもりもあったのでしょう。平家の勝利は信じていなかったけれど、知盛を裏切るつもりなんかなかったはずだとやはり思うのです。だからあのセリフなのでしょう。でも、抗えなかったんですね。人間って弱いから。心はぐれてしまったから。民部の、知盛へ抱いていた愛憎をすごく感じました。一緒に死んであげられなかった民部は、今後何処に行き着くのでしょう。

味方の総崩れを知った知盛は、三種の神器、幼い帝、母親、女房達の元へと向かいます。 そして二位の方が帝を抱いて三種の神器と共に沈むのを観ます。知盛の目の前で、彼の家が滅ぶの観ています。無力な女達は自害の為に海へと身を捨てます。自害出来ずに捕まってしまった女達の悲劇的な行方を予感させるシーンでもありました。二位の方が自害する時に倒れ込む場所、プレでは円形の中央だったのですが、それ以降は少し後方になっていました。中央だと幕がかかりきらずに、二位の方自らが幕へと動いて入って行く様が見えてしまって気になっていたので、変更されて良かったなと思いました。 

そしてこんなに悲劇的なシーンが続くのに一番の笑いどころである宗盛親子の水泳シーン。宗盛はこのシリアスの劇中で気の抜きどころでもありました。水泳めっちゃ上手で救われました。あと、この役者さんは本当の親子でもあるのですね。驚きました。確かに顔、そっくりですよね!

そして最期、クールな面持ちの能登の守が大暴れしています。薙刀を振り回し、知盛に「今更に人を殺していとう罪なつくり給いそ(これ以上無駄な殺しはやめろ)(意訳)」と言われるまで殺戮の限りを尽くします。かっこいい!両腕に敵を抱えて入水する最期もかっこよかったです。佇んでいるシーンではあんなにクールなのに暴れん坊なんですね。かっこいいです。悲しい最期ですが、でも、かっこいいです。

そして最期の最期、いよいよ知盛が自害する場面です。身体は海底に沈み「影身よ!」という叫び声は宙へ放たれ、魂は空へと昇って行く様が厳かな暗闇と青白い光の中で表現されていました。このシーンは、パンフレットでは「スペース・ラブだ」と萬斎さんがおっしゃっていましたが、生きているうちはお互いの愛を確かめ合う事も無かった二人が、宇宙で結ばれたのだなと思います。

ポストトークでの「月(宇宙)が地球上で作用するのが、潮」という言葉を聞いて、私の中では全て腑に落ちた感じがしました。子午線の祀りというのは、宇宙によって齎される潮の満ち引き、そして寄せては返す波間に浮かんでは潰れて行く泡のような人間の鎮魂を描いていたのだな、と。北斗は、星々は、泡のように儚く消えて行く人間を何の感情も持たずに、つめたく光り輝きながら見詰めているのです。私達は、どんなに愛するものがあっても、どんなに心強くあろうとしても、魂の底からは心安らかにはなれません。思うに魂の底から安息が訪れる時が来るのだとしたら、己が儚き泡に過ぎぬという無常を心底自覚し納得した時で、きっとそこには人間の中にある様々な想いが昇華される鎮魂があるのだと思うのです。広大で無機質な宇宙は、儚きものを隔てなく抱いてくれていると、思えるからです。

 

追記

舞台について、特に上の方から見ると、ライティングによっては鏡面となった円上に人物や照明が、実に効果的に反射しているのがわかりました。また、照明の陰影で実に色々な波紋を見せてくれている。緩やかな波だったり、渦巻きだったり。奥行のある階段状のセットはラストの方で広大な宇宙、空の下の広がる海に見えました。星々が瞬く海は何処迄も広がっているように感じられました。

思いつくままに、とりとめもなく書いてしまいましたが、今回大きな発見は、野村萬斎さんって華奢だなぁ!あんなに華奢なのにあの太い声凄いなぁ!太い声だけれど張っている風ではないのに、すごく声が通るのはなんでだろう!すごいなぁ!という事でした。やっぱり野村萬斎さんは凄いんだな!知らなかったです。知らなかった事を知れて良かったです。

(それにしてもカーテンコールなのですが、今井朋彦さん、プレやプレ三日目はすごく険しい顔だったのですが17日は本当に素敵に笑っていらして私はとても嬉しかったです。ありがとうございます)

(あと、パンフレットの今井朋彦さん稽古写真、無精髭が本当に本当にかっこよくて男らしくて最高でした。本当に本当にありがとうございました)

 

2017.7.19 了 

誤字脱字はありますがニュアンス的なやつで受け止めて頂けたらと思います。

観劇初心者の感想です。子午線の祀りの単行本は手元にあるのですがあまり読み込めていないまま書いています。教養不足による解釈違いがあると思いますが寛容にお願いします。

この段階でネタバレ回避したい人もいないだろうという事で、ネタバレ等を含んだ内容とさせていただきました。

 

 

【7/22 追記分です】 

劇場に到着して、ロビー階段下の椅子に座ってご飯を食べていたら、すぐそばにキャストの方が座って吃驚したんですよ。イヤホンを外して顔を上げると、ロビーにキャストの方が沢山いらしてて、軽くパニックになりつつもすごくキョロキョロしてしまいました。貴重な体験、本当にありがとうございました。私的には現実と虚構がめちゃくちゃ混ざり合っていました。成河さんの顔はピカピカツルツルしていましたし、村田さんはとても穏やかな声をしていましたし、さぶろうさんは快活なおじさまでしたし、しろうさんは間近で見るとでかいなぁって思いました。あとやっぱりごろうさんは美形ですね。すごい、美形。めちゃくちゃ美形だなと思いました。残念ながら推し俳優様を直接見る事は叶わなかったですが、明日(今日)リベンジしたいなと思います。一目見る事が出来ますように。

それにしても、こんなに楽しかった子午線の祀りのある日々が終わってしまうなんて、消費者としては、今後襲い来るはずの子午線の祀りロスが心配でなりません。

追記分は、ここが変化したのだなとなんとなく気が付いたり、付け足したい事を書きたいと思います。

開演の演出、観客が全員席についてから始まる感じになったので、舞台上にキャストがどんどん上がって行きました。先日までの、現実と虚構がゆっくりと溶け合って行く情緒は薄くなっていますが、これは進行の都合なのでしょうか(?)。テンポはすごく良かったです。

萬斎さん、先週と比べて話し方?台詞の言い方?がすこしかわっているように感じました。以前を古典芸能的(?)な雰囲気だとすれば、今日聴こえて来たのはより現代劇的(?)なイメージです。専門的な事はわからないのですが、語尾のイントネーションを変更したり言葉の強弱を更に明確にした事により、知盛がより肉感的になったように私は感じられました。今迄はどちらかというと綺麗な人形に人間の魂が入っている(?)ようなイメージでしたが、昨日はより「人間そのもの」みたいな。(てんで見当違いかもしれませんが…!)

烏帽子子、重国が手紙を読み上げるシーン、歌を読み上げるみたいになっていましたね。とてもすてきだと思いました。

景時さんについて。一幕目で、陣羽織の下にあのサッシュベルトみたいな黒い帯が……!二幕の時と違い、陣羽織の下に巻かれているので、なんかあの太い帯の大きな結び目が陣羽織の間からボコッと出て来てリボンみたいになっていて、ああ、嫌味でオシャレで小憎らしい軍師感が出ていてかわいいなぁ、かわいい……と思いました。ありがとうございました。二幕の、義経に帰れと言われて憤然と退場するシーン、今回は「早足で義経の前まで歩いて行き、義経を眺めに睨み付け、足音を踏み鳴らしてゆっくりと舞台袖へ移動」のバージョンでした。素敵でした。あと、息子に目配せ復活していましたね。私、景時さんの目配せ好きです。ありがとうございます。

義経、最初はあまりの高く激しい声に驚いたりしていたのですが、これは私が慣れたせいなのかもしれませんが、その時に感じた違和感めいたものがすっかりなくなっていて、私はあの苛烈で寂しい義経が、より好きになってしまいました。私が感情移入しているせいなのかもしれませんが、本当に苦しんでいるし寂しい人感が、日に日に増しているように思いました。

そしてなによりも群読が、見るたび見るたびに良くなっているように思えます。特に壇ノ浦の合戦の原文での群読は、今迄で一番迫力がありました。このシーンは七回目のはずなのに、まるではじめて観た時のようなインパクトがあるのです。キャストの方達から、すごい圧を感じるのです。

それから民部のシーンも、何度見ても泣いてしまいそうになります。日に日に悲哀が増して行ってる印象を受けます。民部は本当に、愛おしく思えてなりません。

一幕の磯でのシーンや、一番最後、影身が登場しているシーンの、床に広がる、海の底のようは緑がかった青白い波紋の照明が好きです。

ああ、今日もすごいものを見せて頂きました。本当に明日で最後なのですか?子午線の祀りロスが激しいです。

 

2017.7.23 了 

 

 

 

【7/23(千穐楽) 追記分です】 

千穐楽は楽しいサプライズが沢山ありました。入場したロビーのパンフレット売り場では村田さんが「パンフレットいかがですか! 俺で良ければ萬斎のサインを書きますよ」と言ったり、それを見ていた別の役者さんが「まじかよ」と何度も言っていたり、ロビー~上の階を巡回するように歩いてる途中の役者さんは観客に「いらっしゃいませ」とか「こんにちわ」などと挨拶してくれたり、かと思えば「なんだか(私達)ピグミンみたいだね」とつぶやいていたり、開演前には真っ黒なサングラスをかけた黒服の萬斎さんがドーン!と現れたりしました。推し俳優様を見る事は叶わなかったのですがとてもエキサイティングで興奮しました。

今日も、気が付いた事をなんとなく書いて行きたいと思います。

私は他の舞台をさほど観ているわけではないので詳しくないのですが、この前から「なんだかずーっと舞台の端からスモークが出続けているな」って思っていたのですよ。それで今日思ったのは、スポットライト?が役者に当たった時に、その光が天井からすっと降りて来ているのが可視化されている、その様がとてもきれいなのだなと思いました。今日は斜め気味の位置から見ていたのもあって、光の屈折の加減だと思うのですがこの光の筋がとてもよく見えました。天井付近のライト周辺が、まるでミルキーウェイのようにけぶっていて、それがとても綺麗だと思いました。

民部のキメ台詞「民部でございます」。これを知盛が真似する事についてですが、昨日今日とロビーで村田さんの話し方を聴いて、あるいは劇中での民部の台詞を聴いていて思ったのですが、これって村田さんも相当萬斎さんが真似する「民部でごさいます」を真似しているんだなと感じました。日増しにそっくりになっていったのが面白かったです。

民部が知盛の過去を語るとても美しいシーン、すごく胸に迫りました。泣きながら、知盛が眩しくて心奪われた事を語るじゃないですか。今迄そんな事はなかったのですが、私もつられて泣きそうになりました。とても素晴らしかった。演技の事はよくわからないのですが、とにかくすごい演技でした。

影身、いつも美しいのですが今日は美しいのは当然としてある種の凛々しさを感じました。私の中にあった感性のフィルターがそうさせたのかもしれませんが。影身からは暖かさとは別の、心安らかになる冷たい抱擁、みたいなものを感じるのです。星々と、黒と、青白い照明のせいでしょうか。青白い腕に知盛が抱かれるイメージがとても美しいと思いました。

烏帽子子が手紙を読むシーン、千穐楽は普通に読み上げていましたね。違和感があったのでしょうか。私はあの歌うように手紙を読むのも好きでした。

三郎が船酔いみたいになっている場面、景時の息子たちが忌み嫌うような視線を投げかけてすれ違うのですね。セットを配置してからのこの動線、とても巧みだなと感じます。この舞台では随所にこのような動線が見て取れて、そのシステマチックな所がテンポの良い舞台を作り出しているのだなと感じました。

今日の景時さん。やっぱり一幕から陣羽織の下にあの太い帯ですね。彼は身体が薄いから、あの黒くて太い帯だととてもとてもリボン感があるのですよ。何故、知盛と同じように陣羽織の上からじゃなかったのでしょうか。かわいいから良いのですが。かわいいから全然良いのですが。あれがリボンみたいに見えてしまって仕方がないのです。あと今日は斜め気味の位置から見ていたのですが、私は今井さんの向かって右側から見た横顔がとても綺麗だと思っているので、好きな角度から見つめられてとても満足でした。ありがとうございました。義経に帰れと言われるシーン、今日は「帰りおれ!」と言われたあとに怒りを込めて息を呑み、キッと睨みつけてからスタスタと歩いて行くバージョンでしたね。とても素敵でした。三浦の介どの関連のシーンではコミカルな場に馴染んでいました。義経に苦言を呈するシーンや、煽るシーン、或いは出し抜くシーンでは存在感がありつつも安定感があってとても素敵だなと思いました。ありがとうございました。

三浦の介どの、今日はより飄々としている感じがしました。義経がめちゃくちゃイライラと貧乏ゆすりしている時でもどこ吹く風な雰囲気とか、義経勢と景時勢が喧嘩になった時に扇でペシーン!と叩く所(今日はすごい勢いでたたいてましたね!)もコミカルで楽しかったです。でも飄々とした中にもツワモノな雰囲気がすごく出ていて、語らずとも、歴戦の将を感じさせてもらえました。

壇ノ浦の合戦シーンはやはりここだけ何度も見たい程盛り上がりました。回を重ねるごとに完成度が上がっているのが、演劇の事がわからない私でも感じられる気がします。まず、すごく声が通る、揃う、明瞭、心に届く。圧倒的な迫力がありました。目まぐるしく動く場面転換もきびきびとしていてひとつの綻びもなく完璧に進みました。そう感じます。

民部が裏切ってしまうシーン、あの船の場所をうまく指させない場面ですが、私の近くの席の方が笑っていたんです。私は涙ながらに見ていたので、これにはすごく驚きました。「民部でございます」という笑いどころのシーンの印象があったからでしょうか。あれは、裏切ろうと思ったものの知盛への思慕が捨てきれずに指させない悲しいシーンだと思うのですが。でも、でも、です。笑っている人を見て、少し別の見方をしてみました。民部の、あの選択は、やはり人間の滑稽を煮詰めたような、綺麗ごとを排除した、業の深い場面を描いています。だから観客は、民部へ憐憫の情などを抱かずに、滑稽な奴だと笑うのが良いのかもしれないな、とも思えたのです。私は笑えませんが、滑稽だと笑ってしまう気持ちもわかるような気がします。もしかして民部だって滑稽だなと思っていたのかもしれません。

それからの、平家が滅んで行くシーンは千穐楽だけあって凄絶に見えました。ですが、宗盛親子の水泳シーンはやはり面白かったです。三郎につかまってしまうシーン、いつも以上にコミカルな動きをしていましたね。ちょっと遊びがあったような気がします。気のせいですかね?特に息子の動きが。

最後の、知盛が自害するシーン。眼前で己の家が滅ぶのを見つめた後の「見るべき程の事は見つ」という台詞。この台詞をとても、とても静かに言う知盛を見ながら、私も「ああ、この舞台はこれで終わってしまうんだな」と悲しくなりました。子午線の祀りロスですね。うん。子午線の祀りのおかげで、この一か月弱、とても楽しく過ごせました。ありがとうございました。

私は恥ずかしながら浅学なので、今迄の人生で、演劇はもちろん、映画でも、ドラマでも、コミックでも、小説でも、ここまで繰り返し味わった物語がないんです。人生ではじめて8回程繰り返して観た舞台が、この子午線の祀りという、野村萬斎さんがアップデートを重ねた素晴らしい舞台で良かったと思います。つまらない舞台ならこんなに満ち足りた気持ちにはなっていなかった。本当にありがとうございました。

 

2017.7.23 p.m. 了